進退窮まった同人作家の雑記

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『止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』感想③

前回→『止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』感想②
前々回→『止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』感想①

続きです。
長くなるので、要点を以下の3点に分けました。

1、アーチャリーであったことによる、その後のいわれなき差別。
2、(裁判での)麻原は詐病か否か。
3、幹部の暴走。

今回は【3、幹部の暴走。】について書きます。

結構、この本の中で母親(松本知子)に関してはわりとボロクソに書いてるんですけど、父親(麻原彰晃)のことはかなり好意的というか
聖人面を強調して書かれてる気がします。
公安的に言うと”帰依が解けてない”といった所でしょうけど、これはまあしょうがないのかな、と思います。
著者は11歳までしか父親と一緒に暮らしていないし、麻原も自分の娘にわざわざクズ面を見せる事はしないでしょう。

本の中にこんなエピソードが書かれてました。

まだ著者が幼かった頃、アリを潰して遊んでいたら、父親が「アリさんも生きてるんだよ」と咎め
命の尊さを父から教えてもらった、と

ただこれはなんというか、自分の子供が意味もなくアリ殺してたら、誰だってそう言うしかないよなぁ
って感じですけど、こと麻原彰晃に関して、クズエピソードは(真贋問わなければ)今まで散々語られてきましたけど
こんな「普通のお父さんだった」情報はあまり無いと思うので
わりと貴重な資料になるんじゃないかぁとは思います。

一応、本の中でもちょろっと触れられてるんですけど、「麻原には愛人がいて、愛人の間に子供が何人もいる」
という有名なクズエピソードはどうやら本当らしくて
個人的にはそれだけで、もうお腹いっぱいクズ認定するレベルではありますが
とりあえず本の趣旨に沿って、クズなのか聖人なのかは置いておきたいと思います。

んで本題
幹部(弟子)の暴走説なんですけど、これは結構裁判初期から言われてる事ではありますね。
この本では著者自身の経験も踏まえて、その説を後押ししてる感じです。

具体的には、著者が教団(この時はアレフ)から離れて、教団と一切関わりを持ってない時でも
教団幹部(特に母親)が信者を思い通りに動かす為に
「これはアーチャリーの意思である」という具合に散々名前を利用された、と述べていて
それがマスコミに伝わり、公安がソレを鵜呑みにして大変困っていたようです。

この、自分の手を汚さないやり口はオウム時代から「尊師の指示である」として常態化しており
全ての幹部がこういう面を持っていたと述懐しています。
皆、それを「尊師の意思」とろくに確かめもせず信じた
組織の体質としてそうだったと。

なんというか、さもありなんというか
これが事実だとすれば、幹部の暴走説
幹部が勝手に計画し、それを「尊師の指示」だと信じた実行犯が事件を起こした
非常にありえる話だとは思います、が

最終的に「尊師の指示」と信じた信者が事を起こしたのであれば
逆に言うと、「尊師なら事件を止められた」と同義なんですよねこれ
幹部連中は尊師を利用するだけ利用してわりと軽く見てた節があるというのは本にも書かれてましたけど
末端の信者はそうでなかった、幹部の暴走説はここが肝なわけで
幹部の暴走に気付いていたのなら、尊師こと麻原の罪は非常に重いわけです。

じゃあ麻原は幹部の暴走に全く気付いていなかったのか?それなら辻褄は合うけど
その可能性は極めて薄いと思います。
地下鉄サリン事件以前にも教団はサリンを使った事件(松本サリン事件以前は異臭騒ぎと呼んでた)を起こしており
この本にも書いてあったけど、麻原自身「我々は米軍からサリン攻撃を受けている」とうそぶいていたこと
教団がサリンを生成していた事実を知らないはずが無い、というか
仮にこの時点で麻原自身、事件に全く関与していなかったと贔屓目に仮定したとしても
組織の長として幹部の暴走を止められないor黙認した事は非常に重い罪であると言わざるを得ない。

仮に日本に懲役100年とかそういう刑があったとしたら
麻原首謀説→懲役500年
幹部暴走説→懲役200年
とかになるくらいの話で
日本では最高刑が死刑なので(執行するかどうかは置いといて)そうなってるだけ
つまり判決自体はどちらにせよ妥当だと思います。

ただ裁判のやり方は不当だとは思います。
著者自身、書いてはいないけど、おそらく判決自体は致し方ないと悟ってるはず。
僕は麻原には全く同情できないけど、アーチャリーには同情するので
アーチャリー、最後くらいは本名で松本麗華さんと呼びましょうか
彼女の為に、麻原の治療くらいは認めてあげるべきだと思います。
たぶん環境さえ変えれば意思疎通できるレベルまで回復する。

一応この本の要点を3つ挙げましたが、彼女が一番伝えたかった事は
「お父さんともう一度話したい」
これなんだろうと思います。


『止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』感想②

前回→止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』感想①

続きです。
長くなるので、要点を以下の3点に分けました。

1、アーチャリーであったことによる、その後のいわれなき差別。
2、(裁判での)麻原は詐病か否か。
3、幹部の暴走。

今回は『2、(裁判での)麻原は詐病か否か。』について書きます。

僕個人としては、麻原に限らずこういう精神鑑定の話題を目にする度に
「精神疾患とはなんぞや?」って思っちゃうんですけども
この本の中では「麻原はガチで病気なので早急に治療が必要である」と繰り返し主張されてますね。
対して、裁判所は「麻原は詐病であるので治療の必要はない」というスタンス

とりあえずここでは裁判所のスタンス通りに「麻原は詐病である」としましょうか
ただ、一般的に言われているような「死刑逃れ(減刑狙い)」が目的では無いと思います。
だって精神状態が考慮されるのは事件当時の話であって、裁判途中でおかしくなったからといって、じゃあ死刑じゃなくて無期懲役ね、とはならないわけです。
減刑狙いであるなら、むしろ逆効果と言わざるを得ません。
麻原をよく知る人物の手記とか今までいろいろ読んできましたけど、どれも共通して
「人の心を読む術に長けていた」
と述べてます、上祐さんなんかは超能力レベルだとまで評してます。
そんな人物が「減刑狙い」で逆効果な廃人のフリをするとは思えないですね。
じゃあ詐病じゃないのか?というと、それもちょっと違うというか、意図的にそうしてる感じがするんですよね。

この本の中で、こんなエピソードが紹介されてまして
まだ麻原が真面目に(?)裁判受けてた頃、拘置所内で夜中にトイレを使う際に「タンクの水で流さず、自分で水を汲んで流せ」というルールを破り、懲罰を受けた、とあります。
まぁ夜中だから音を立てるな的なルールの一環だとは思うんです。
一応、前知識として触れておきますけど
麻原は生まれつき片目を失明しており、もう片方の目の視力も決して良くはないと言われてます。
オウム関係者はすでにもう片方も失明していて「全盲である」と主張してて、この本の著者もそういうスタンスで書いてますが
全盲かどうかはちょっと客観的に証拠がないので正直なんともいえないのだけど
目が不自由であるのは間違いなさそうです。

んで話を戻しますけど、その夜中に水を流すべからず、というルール自体、一晩に誰かは忘れて流しちゃうくらい
そこまで厳守されていたものではなくて、とてもじゃないけど懲罰があるような厳格な取り決めごとではなかったそうです。
まぁ口頭注意くらいが関の山だろうというのはなんとなく想像できますけど
麻原には懲罰を与えたとされています。
このエピソードからわかるのは
麻原だけ悪い意味で特別扱いであり、拘置所職員の悪意を感じるわけです。

著者はこのエピソードが原因で、麻原は糞尿垂れ流しになったとは書いてないんですけども。
自分が麻原と同じ立場だったら同じことするかもしれないですね。

別に、嫌がらせで糞尿垂れ流しなんだ、というわけではなくて
要するに「人の心を読む術に長けていた」人物なわけだから
このエピソード然り、裁判の流れを見るに然り

自分が何を言おうが、何を行動しようが
”史上稀に見る凶悪事件を起こした宗教団体の長である、麻原彰晃”の死刑は規定路線であり
全てが茶番である

と悟った上での諦めの境地の結果がアレなんだと思います。

おそらくオウム裁判以外の話なら、精神疾患の認定は出るんじゃないかと思います。

それなら、麻原の死刑判決は不当なのか?というと、それは 3、幹部の暴走。 の内容を踏まえないと
何も言えないので、明日また書きます。

『止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』感想①

アーチャリーの本読みました。
いろいろ興味深い事が書いてあるので、忘れないうちに感想文でも書いておこうかと思いまして。

アレなんですよ、僕、こんな漫画描いちゃう(現在進行形)くらいにはオウム好きで
いや、好きというといろいろ語弊がありそうなんですけど、例えば孤立した集落に残る奇妙な風習とかそういった類の
社会と価値感を共有しない集団の独自コミュニティーへの興味、的な意味合いで。

この本の要点としては

1、アーチャリーであったことによる、その後のいわれなき差別。

2、(裁判での)麻原は詐病か否か。

3、幹部の暴走。

主にこの3つだったかなぁと思います、のでそれぞれについて感想を述べたいと思います。

1について
これは地下鉄サリン事件が発生して、オウム真理教が社会的にクローズアップされた時に
どうやらオウムにはアーチャリーとかいう麻原の3女がいて、学校にも行かず、教団内でわがまま放題に暮らす
お姫様みたいなのがいるらしいぞ、と世間の興味の目に晒されることになったわけです。
当時、教団周辺にはマスコミのカメラマンがうじゃうじゃいたわけですが
当のアーチャリーは子供なので、おそらく「なんだか気に食わない」的な感じでカメラに向かってアッカンベーしちゃったんですね
実に子供らしい行動なんですけど、この時の写真が先述した噂と一緒に広まって
「アーチャリー=反社会的存在」イメージが定着して後々まで影響を及ぼす事になったと述懐していて
自分もまぁ確かにそんなイメージだったと思いますね。

ただ忘れちゃいけないのは、アーチャリーは事件当時11歳の少女であって
「教団No.2アーチャリー」という肩書きは本人の意思と関係ないこと。

冷静になって考えれば、そりゃ当時11歳の子供が何か重大な決定を教団内で指示していたか?と問えば
そんなわけないのだけど
一度社会に定着した「アーチャリー」像は何年経っても変わらずに、いくら当人が真っ当に暮らしてても
様々な場面で深刻な影響を及ぼしてくるわけで具体的には、不当な逮捕や就学拒否なんかが多々あったみたいですね。

タイトルの「止まった時計」はそこら辺も掛けてるんでしょう。

人は一度「叩いてよい」と認識したモノに対しては、その認識が正しかろうが間違ってようが
容赦ない攻撃を加え続ける(私刑)傾向がある生き物なので
非常に生き辛い世の中だったろうなぁと思います。

なんだか長くなりそうなので、2、3、の感想はまた明日以降書きます。